深川湯本三ノ瀬に、いま四戸の萩焼窯元が煙をあげている。萩焼の歴史は古く、豊臣秀吉の時代にさかのぼる。16世紀末、文禄の役(1592)、慶長の役(1597)は後世「やきもの戦争」といわれるほどで、従軍した西国大名たちが、競って朝鮮李朝の陶工を連れ帰ったので、西日本各地に窯業が勃興した。
萩藩においても、毛利輝元が、萩の松本村に李朝の陶工、李勺光、李敬等を連れ帰り藩窯が創設された。これが萩焼(当初は松本焼)の始まりである。 承応2年(1653年)蔵崎五郎左右衛門が同族の勘兵衛とともに、大津郡深川村三ノ瀬(現長門市深川湯本三ノ瀬)の地に独立窯業を願い出て、許しを得た。
明暦2年(1657年)4月7日をもって今後絶対に他国へ出向しないという契約書を藩に提出し、三ノ瀬焼物所が創業された。そこで、松本の御用釜を「松本窯」と呼んだのに対し、「深川窯」又は「三ノ瀬焼」と呼んだ。
深川窯は以降、盛衰を重ね、今の隆盛をむかえている。
参考文献「西日本文化」「長門市史」「広報」
かまぼこは、関東の小田原に対し、関西は仙崎の「焼きぬきかまぼこ」が有名です。かまぼこは蒸して作る製法が全国的に多く、また関西では一度蒸した後に培ってつくる「焼き板」という製法がありますが、山口県ではかまぼこといえば「焼きぬき」。
「焼きぬき」の由来は、すり身の加熱方法にあり、杉の板でできたかまぼこ板にすり身を盛りつけて、蒸す工程はなく、終始炭火で焼きとおすという製法からその名がついています。
焼きぬきは、焼成温度が低いのが特徴です。中心温度は75度以下になることはありませんが、肉温の上昇が緩慢なために、鮮度が落ちているとかまぼこの良し悪しを決める歯切れの良さ、いわゆる「足」が形成されないといわれています。鮮度が良ければ日持ちは十分。つまり、焼きぬきは魚の鮮度が命。となれば、好漁場を控えた長門ならではの製法といえるのです。
好漁場である長門の海。新鮮な海の幸が豊富に集まる山陰屈指の魚市場。北浦の水産の粋を極めた一つの食文化のカタチ、それが焼きぬきかまぼこ。今では炭火の代わりに遠赤外線を使いますが、杉板の裏からすり身を加熱する製法は変わっていません。
今も昔も焼きぬきかまぼこが代名詞の仙崎かまぼこ。伝統的な原料魚である地物のエソ・グチに加えて、昭和30年代のスケソウダラ冷凍スリ身の出現で大量生産が可能になり、現在では近代設備の工場で遠赤外線を使って焼いています。
本州の最西北端に位置する山口県。その山口県の山陰側、北浦と呼ばれるところに「仙崎」はあります。ここは入り組んだ地形と激しい潮流がぶつかりあう日本でも屈指の漁場。その激しい潮流にもまれて身の引き締まった「仙崎イカ」。活きがよいイカはその鮮度ゆえに透明。ほんとうにおいしいイカを味わってください。
▼仙崎イカ マスコットキャラクター「仙丸」

年間を通じて温暖な気候で育った肥育牛は、肉質もよく、関西市場を中心に出荷され高い評価を受けています。長門が誇る「長州ながと和牛」をぜひ味わってみてください。
土産物屋に迷いそうなくらいズラッと並ぶ海の幸。さまざまな工夫がされ、いろいろな味が楽しめ、なんといっても活きの良さが自慢です。
長門市は人口1万人あたりの焼き鳥店舗数が日本一のまちです。「世界一長いやきとり」づくりにもチャレンジしていました。
新しい長門市の名産品の味をご堪能ください。
長門の「青海島」「鯨祭」、油谷の「楊貴妃伝説」等、それぞれ蔵元の心意気が伝わる自慢の地酒です。芳醇な飲み口、豊かで美しい自然をそのまま詰め込んだような、まろやかな味わいです。
「長門ゆずきち」は、カボスやスダチなどの香酸柑橘の一種で山口県オリジナルの柑橘です。長門市、萩市、下関市で栽培されており、収穫時期は8月上旬~10月下旬までで、生産量は約10トン。平成19年11月2日に地域団体商標として登録されました(登録番号第5088770号)。長門市は、「長門ゆずきち」の県内最大の産地です。「長門ゆずきち」は爽やかな香りとまろやかな酸味が特徴で、醤油との相性の良さが抜群です。ぜひ、味わってみてください。
養鶏が盛んな長門の地の新鮮な卵をふんだんに利用してつくった「だるまおくりせんべい」、見猿、言わ猿、聞か猿の型どりがユーモラスな俵山温泉の「三猿まんじゅう」。楊貴妃伝説の地油谷は、楊貴妃にちなんだせんべいなど。三隅には夏みかんの香ほんのりの「湯免もなか」があります。